春寒の朝に

           なんちゃってファンタジー
“鳥籠の少年”続編
 


広い広い大陸の、一番南に位置する小さな村では、
もうすっかりと陽射しも春のそれとなり。
耕作主体の土地ゆえ、
冬の間はただただ乾かすばかりとなっていた畑や牧草地にも、
鍬が入ってのほぐされて、新しい土の香りが匂い立ち。
雪こそ積もらぬ土地ながら、
それでも水気を吸った土の黒や、
牧草地を縁取る可憐な花たちの色彩などなどが、
これから始まる季節の本格的な訪れを、
誰の耳目へも伝えてくれるよう。


 「………ふみゅ〜。」


冬場はそうは行かなかったほどの早い時刻から、
柔らかな明るさが大地に満ち始め。
ちょうどいい頃合いには
家の中までもを優しい光で満たしてくれるのが、
春の到来がもたらす恩恵でもあって。

 とはいえ

確かに陽の巡りは早まっての、
昼間のお天道様の暖かさなぞ、
思わずのこと頬が緩んでしまうほどのそれとなるのに。
どういうものだか、
いいお天気になる日ほど、明け方はずんと冷えるのもまた、
この時期には付き物なお約束。
確かこれって“放射冷却”とかいう自然現象で、
お陽様が眩しくて元気であればあるほど、
朝の最初にそれが照らしたそのとき、
一気に土地の表面から水分が蒸発して、
気化という現象でもって熱も持ってかれるとかどうとかと、
温度が下がる仕組みも蛭魔さんから教わったはずなのだけれど。

 「うう…。」

毛布や羽毛の上掛けの中の暖かさは格別なので。
それでのついつい、
随分と明るくなったことで目が覚まされても、
ほんのちょこっと、寝床から出るのに、
微妙な逡巡が生まれてしまう今日この頃な、
光の公主様こと、セナ様だったりするらしい。

 ……いいのか? 光を統べる存在がそれで。
(苦笑)

今日も今日とて。
朝の光はとっくに現れていての、
彼らのお家の、白が基調の寝室も、
すっかりと明るく照らし出しており。

 “判ってるんですけれどぉ…。”

お陰様で、
アケメネイに里帰りするからと
それへと要りような聖なる力を持つがため、
葉柱さんに貸し出されていた聖獣のカメちゃんも戻って来たし。
(大元の主人はあっちのはずですが)
先の冬もさしたる災害も起きなかった王城キングダムだったので、
窮状へのお手当てにお越しくださいませという格好での、
緊急な召喚というのもなかったし。
そんなこんなしている内、
この村から訪れると言っても過言じゃあない、
様々なものが目覚める新しい季節がやって来たわけで。
そりゃあまあ、時には冷たい雨もあったし、
小さなお家が風に飛ばされた不幸もなくはなかったけれど。
若い住人も増えた里は、
穏やかさは変わらぬままながら、
以前よりも結束が固くなり、助け合う力も強くなったから。
それへと安堵をしつつの、
とっても暖かで優しい生活は、
毎日がそれはそれは楽しくてしょうがないのだが。

 “何で毎年、肝心な春先がこうなんだろう。”

もしかしなくとも、冬場のもっと寒い朝のほうが、
えいって気合い掛けて、
とっとと起きられたんじゃなかったか。
早く起きないと進さんが畑の見回りに出てってしまう。
朝早くに隣の里の市場へ商品を持ってく人たちと、
途中の道中、一応の護衛をつける当番の打ち合わせとかがあるからで。
それへのお出掛けにならない日ならすぐにも戻って来られるが、
そうでなければ、午前中をずっとお出掛けなままになってしまわれる。

 “だから、早く起きてお見送りだけでもしたいのに〜〜〜。”

だったら起きなさいっての公主様…とか何とか言ってるうちに、

 「………あ。」

そんなに大きな家じゃあなし、
表へと出る側の扉の開け立ての音が聞こえたので。
ありゃりゃあ、これは……。

 「しまったぁ〜〜〜。」

これまでは何とかぎりぎり、
せめてお見送りまで…どころじゃあなくの、
朝ご飯の支度をし、
一緒にテーブルに着くところまで間に合っていたというのに。
今朝の寒さは所謂“寒の戻り”にあたるほど格別だったか、
どうしても寒さに打ち勝てずの、
寝台から出られないままになってしまったセナ様だったようで。

 「はや〜〜。」

今更がばちょと身を起こしてももう遅い。
厚手の寝間着と小さな肩へは毛布を引っかけ、
足元崩した座りようで、しょんぼりと項垂れる小さなご主人へ、

 「…きゅう?」

ドアの陰からの声が届いたので。
ああ、いかんいかん、
もう一人の家族は自分より幼いのだ、心配させてはいけないと。
やっとのこと切り替えられるだけの気丈さが、
戻って来たらしきセナ様だったりし。

 「カメちゃん?」

寝坊しちゃって御免ねと、
せめてこちらの可愛らしい家族にだけはおはようとのご挨拶もしなきゃあと、
微妙にしょんもりしている陰は拭えないけれど、
それでも笑顔を向けての振り返りかけたところが、

 「シェナちゃまvv」
 「あ……。」

そのお口からやっほうと言い出しそうな全開の笑顔で、
戸口のところに立っていたのが、
ドウナガリクオオトカゲの姿でもなければ
仔猫やましてや聖鳥の姿でもない、
選りにも選って、自分に瓜二つな少年だったりしたからで。

 「カメ、ちゃん?」
 「うんっ。」

いい子のお返事をし、
ぱたぱたっと駆けてくると、
寝台の上へお膝から乗り上がっての
大好きなご主人様へ“にゃ〜いっ”と抱きついたおちびさん。
細っこい腕も薄い胸元や肩口も、
甘い色合いの、細い質の髪も。
どこからどこまでも自分にそっくりな姿のカメちゃんであり。
ひょんな拍子にこうやって色んな姿へと“変化(へんげ)”しちゃえる、
不思議な能力を発揮出来るのも、聖鳥としての奇跡の力。
最初のうちは、芽吹きの芽を食べてじゃないと無理だったのが、
彼もまたセナたちと一緒に様々な体験を積んだことでの成長か、
今じゃあ自分の力だけで、思うとおりの変身が出来るようになっており。
しかもしかも、
妙に人の意を酌み取れる賢さもあるものだから、
絶妙なタイミングに、
即妙な存在へと変化してしまうお茶目さんでもあり。
目許を細めの、頬ほころばせの、口許もたわめのと、
セナ本人でもそこまでの全力で笑うことは
滅多になかろうほどという思い切りのいい笑い方。
そこがまた、無邪気で屈託がなくて、
あれまぁかわいいと見ほれかかったのも束の間のこと。

 「ちょっと待った。その格好って…まさか。」

この時間帯、しかも、今さっきお出掛けの気配が立ったのは誰だった?
それらをはたと思い出したセナが、ギョッとして肩を震わせてしまったのは、

  もしかしてもしかしたら
  この姿で今の今まで
  進さんの前に立ってたカメちゃんなのでは?
  ……ということで。

だってそんなのって、
本人じゃないのに、カメちゃんだったのに。
毎朝、ご苦労様ですってお見送りするのは、大切なことだのに。
とうとう間に合わなかったからには、
セナは消沈するって罰を受けるべきなのに。
それをそうとはならぬよに、カメちゃんてば庇ってくれたのかしら?

 “う〜んっと。”

だったら“ありがとう”ってほめる立場なのかな。
いや、でも、あのね? 嘘はやっぱりいけないし。
見送る人がいないのは寂しいだろからって、
あくまでも進さんの側を気遣ってくれたのかな?

 “え〜っと。”

起きられないからって怠けて代役立てたとか、
セナが思いついてのしたことじゃないのかとか、
そんな風な方向へ邪推するような人じゃあなし。
そっちは案じることじゃあないのだけれど。

 “う〜んと えっと…。”

ただその…あのあの。
それこそ そんなことを言える立場じゃ無いけれど。

 セナじゃないんだと、気づかなかった進さんだったなら

そっちもすっごく悲しいと、
しょぼぼんと小さな肩をしぼませてしまったセナへ向け、

 「んとね? シンちゃま、知ってる。」
 「え?」
 「カメだなて、真似だなて ゆってたし。」
 「あ……。////////」

ありゃまあ、そこまで話は進んでおりましたかと。
何とも優しい家人の皆様の、
暖かな思いやりに いっぱいいっぱいくるまれて。
やっぱり幸せなセナ様でおいでのご様子です。





  〜Fine〜 10.04.08.


  *途轍もない笑顔と表現するのに“全開”を変換すると、
   先に“全壊”とか出るのが無性に笑える変な奴です。
   進さんの場合はこれに当たるのかもとか、
   いいえ そんなことは思っちゃあいませんとも。
(苦笑)

  *リュウ様からとっても嬉しいお誕生日祝いをいただきましたので、
   何だか慌てて書いたものではありますが、
   今の時期のお話ということで、
   カメちゃん返しな掌話をお届け致しますvv
   あの4コマには笑いましたようvv
   そうそう、カメちゃんから
   そういう変化(へんげ)をされてたら可笑しいって。
   騎士様、お顔の筋肉だけは鍛練不足なことまでは
   くみ取れてなかったらしいので60点。
(笑)

  *セナ様の寝坊ですが、
   進さんは特に何という不満はお持ちじゃあないと思われます。
   だって護衛のお当番が廻って来ていたとしても、
   半日足らずで戻ってくるようなささやかなもので。
   寒いのに無理から起き出さずとも、
   心ゆくまでぐっすり眠ってもらう方が彼にも満足という、
   それはよく出来た心根の、旦那様、もとえ騎士様ですんでvv
   遅寝の後にぱっきりお目覚めのセナ様が、
   あのあの朝はごめんなさいですと、
   愛らしくも含羞みながらお出迎えをしてくださるのですし。
   むしろその方が微笑ましくっていいのかもですねvv

   「それより何より、寝室が別なのがいけないんじゃない?」
   「は?///////」
   「……。(無言のまま剣へ手を掛ける誰か様)」
   「貴様、何を言い出すか…じゃなくて。
    考えてもごらん、
    夜の方が闇の使徒は活動しやすいのに、
    そんな時間帯のセナ様の護りを薄くしてどうするの。」
   「…っ。(ポンと手を打つ)」

   こらこらこらこら。
   (ウチの桜庭くんは、
    誰かさんとの交際の影響か、随分と強腰な性格らしいです)

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